今日、
パートさんが帰った後、
パートさんの机の上に、携帯電話が置きっぱなしになっていた。
急いで追いかけたんだけど、
帰ってから、しばらく経ってたから、
追いつけるはずもなく。
「忘れてるよ」と知らせてあげたくても、
連絡先は携帯電話しか知らないから、
電話もメールも出来ない。
さてさて、
どうしたものか。
「気づいて、取りに来るよ」と、
社長は言うけれど、
すぐに気づけばよいけど、
時間が経ってからだと、
取りに来るの大変だなあなんて思いながら、
戻って来るのをしばし待つ。
社長も、
「取りに来るよ」
なんて言ってる割に、
「まだ来ないのか?」
なんて、
どうやら気になっている様子。
1時間近く経っても来なくて、
「こんなに長い時間、
携帯電話が無いことに気づかないなんて、
きっと、携帯に依存しない生活をしているんだな。
すごいことだ。素晴らしいね」
と、逆に絶賛。
確かに、
今って、
何かとスマホを触っちゃう生活になってる人、
多いかもね。
そういう私も、
朝起きる時のアラームも、
仕事のメールの確認も、
大好きなゲームも、
そして、買い物での支払いも、
スマホだもんな。
アラーム機能を使っている時点で、
1日1回は、必ずスマホを触るわけで、
携帯電話無しでの生活は、
20年近くしていないはず。
私だったら、
家に帰って、どれくらいで、
携帯電話を忘れたことに気づくかな?
ちょっとした調べものとかも、
スマホを使うから、
早ければ、
帰ってすぐに気づくかも。
遅くても、
1時間以内には気づくだろうな。
急用の連絡が来ることもあるから、
電源を切ってしまうというのは、
ちょっと現実的には難しいかもしれないけど、
通知機能を、音の鳴るタイプにしておけば、
音が鳴らない限り、
スマホから離れる生活は出来るかもね。
どんなものでも、
『依存』するようになったら、
それは異常事態なんだと思う。
人に対しても、
モノに対しても、
寄りかかるのではなく、
対等な関係で、付き合っていく方が、
心が疲れないんだと思う。
大好きなもの、
大切なものには、
愛情を注ぐだけで、
もたれかからない。
自分の足で、しっかり仁王立ちして、
そして、
自分の進みたい方向に、
ドシンドシンと踏み締めながら、
歩いて行ける人間になっていきたいな。