ぼっちおばちゃん あきさんの日記

ぼっちだけど楽しく生きてます。 いろいろあるから面白い。  読書・ゲーム・お金 楽しもう人生。

阪神淡路大震災から28年

阪神淡路大震災から、
もう28年も経つそうです。

当時、
私は大学生でした。

当日、
学生の気ままさで、
青春18きっぷを使って、
東京から出る 大垣行の夜行電車に乗っていて、
その瞬間は、
眠っていました。

知らなかったのですが、
この夜行列車、
今は走っていないんですね。

お金を掛けずに、
しかも、
夜の間に移動できる、
とっても素敵な電車なのに、
残念ですね。

さて、
地震が起きた瞬間。
電車の中で眠っていたし、
震源地から離れていたせいで、
あんな大変な事が起こっているなんて、
当然知らなかった。

ふと目が覚めると、
電車は停まっていました。
状況が分かっていないので、
ただ、駅で停まっているんだと思いました。

でも、
なかなか電車が動きださない。
かなり前のことだから、
記憶が、かなりおぼろげだけど、
車内にいた人たちは、
状況が分からないけれど、
朝早いせいもあってか、
あまり騒いでいなかったような気がする。

そのせいで、
私は、何かが起こっていることに、
なかなか気づけませんでした。

かなり長い時間 停止していたと思うんだけど、
そのうち、
車内放送で、
近畿で大きな地震が起こったこと。
そのせいで、
畿内へ電車が乗り入れられなくて、
この電車も停まっている事などが、
少しずつ、分かりました。

と言われても、
さてどうすれば良いのかが分からない。

しばらく経って、
名古屋までは、
なんとか電車が進むことが出来ることに。

名古屋に着くと、
JRは、
その先の電車は、すべて運休。
私鉄の近鉄電車なら、
なんとか大阪市内へ行けることが分かって、
1人で来るのは初めての名古屋で、
あちこちの案内を聞きながら、
近鉄電車に乗ることが出来ました。

近鉄電車で、環状線鶴橋駅までたどり着いた。
その時、
電車のホームの時計が、
落ちたのか、降ろされたのかは分からないけど、
ホームの上に置かれていたことを覚えている。

その時計を見て、
地震の大きさを、
ようやく実感した。
着いた鶴橋駅でも、
地震の状況や、
電車の運行情報など、
とにかく、構内放送が、
ひっきりなしに聞こえていたような気がする。

それから、
どうやって、
自分の家までたどり着いたのか。
駅員さんの案内や、
周りの人たちの移動する波に乗りながら、
なんとか家にたどり着くことが出来ました。

家に戻って、
テレビで、
地震の起きた兵庫県の様子を見た時、
そのすさまじさに、
改めて、恐怖を感じた。

私の乗った電車が、
地震の起きた瞬間、
私の乗った電車が、震源地近くを走っていたら、
電車の中で眠った状態で、
被災したかもしれない。

人に、
運命と言うモノが存在するのかは分からないけれど、
ちょっとしたタイミングのずれで、
地震のことも知らずに、
のんきに寝ている私と、
被災して、大変な思いをした人たち。

その差には、
これといった明確な理由は無いでしょ。

『たまたま』
なんて、
そんな簡単な言葉で片付けられるような被害ではないだけに、
無事でいられたことが、
幸運以外の何物でも無く、
本当にありがたいと思います。

その後、起きた東日本大震災も、
私は、離れたところで暮らしていたおかげで、
被災せずに済みました。

日本では、
規模が恐ろしく大きい、南海トラフ地震が、
必ず起きると言われている。
大きな地震の被害を、
映像とは言え、
目の当りにしたから、
本当に怖い。

『私だけは大丈夫』
そんな風に思ってはいけないけど、
そう思いたくて仕方ない。

どうか、
世界が少しでも無事でありますように。