今日は成人の日。
民法での『成年』が18歳に引き下げられたけど、
成人式の参加者は、
私の地元では20歳のままのようです。
18歳に引き下げられて、
ローンや賃貸の契約などに、
保護者の同意が必要無くなったり、
選挙の投票権が与えられたり、
大人として扱われるようになるんだよね。
でも、
大学への進学率も上がってきて、
学生の皆さんも多いだろうし、
18歳になったから、
「はい、大人ですよ」
と言われたからって、
すぐに大人になれるわけではないからね。
私が成人式に参加した時も、
まだ大学に通っていて、
晴れ着も両親に用意してもらったし、
学費はもちろん、
生活費のすべてを、
両親に支払ってもらっていた。
お金の面だけではなく、
世間との付き合いに関しても、
両親に頼りっぱなしだった。
学校を卒業して、
働き出して、
親のすねかじりを、
多少、減らすことが出来た。
でも、
家賃や食費、水道光熱費など、
自分の給料から支払うと、
ほとんど残らないという現実に、
びっくりしたし、
今まで、
どれだけ、両親に負担をかけていたかも、
知ることが出来た。
経済的に自立したからって、
イコール大人なのか、
それは、
正直分からない。
というより、
大人って、
どうなれば大人なのか。
年齢が成年になれば、
扱いは大人になるけれど、
自分自身は、
子供の頃と、
考えていることも、
行動も、
変わっていない部分も多い気がする。
働くようになって、
経済的に自立できるようになって、
少しは大人になった気がしてはいたけれど、
精神面では、
なかなか大人になったと、
自信満々では言えないまま、
おばちゃんになってしまった。
それでも、
50歳を過ぎて、
他人に対しhて、
変なプライドを持ったり、
嫉妬でひねくれた態度を取ったり、
自分の価値観を押し付けたり、
怒りや不平不満をぶつけたり、
そういう負の感情を、
他人にぶつけることが、
ほとんど無くなった。
人の数だけ、
考えや気持ちがあるのだから、
違って当然で、
同じである必要は無い。
多数決は、
1つの方針を決めるための、
便宜上の方法であって、
世界中が、
1つになる必要は無い。
分からなくても、
好きになれなくても、
排除してはいけない。
逆もしかりで、
分かってもらえなくても、
嫌われても、
傷つく必要は無い。
そう思えるようになったら、
負の感情が湧きにくくなった。
もしかして、
わたし、
大人になれたかも。
ふふふ。
目指すは菩薩の心境だね。