阪神淡路大震災から、
今日で30年が経つそうです。
去年の元旦に、
能登で大きな地震が起きて、
それから1年が経って、
元旦は無事に過ぎたけれど、
日向灘で、
また大きな地震が起きて、
いやでも、
南海トラフとの関連を疑ってしまう。
そんな私にとって、
初めて大きな地震を体験したのは、
阪神淡路大震災だった。
当日の朝、
私は電車の中にいて、
その電車が止まってしまって、
でも、
なぜ動かないのか、
まったく分からない状態のまま、
JRから私鉄に乗り換えて、
時間がかかったけれど、
なんとか家まで帰りつけた。
家に帰ってから、
テレビの映像を見て、
起こっていたことの大きさを知って、
恐ろしくなった。
いた場所が、
もしも神戸のあたりだったら、
私も被災していたかもしれない。
離れた場所にいたから、
電車が動かない、
遠回りしないと、家に帰りつけない、
その程度の問題で済んだんだ。
大きな災害を前にして、
『運』なんて言葉を使うのは、
不謹慎なのかもしれないけれど、
それでも、
自分は、
たまたま運が良かったんだ、
と思わずにはいられない。
大きなビルや、
高速道路が倒れて、
その向こうで、
火事が起きて、
空が真っ赤になっていた。
日本で生まれ育ったから、
地震は何度も経験したことがあったけれど、
それは、
震度1や2程度の小さな揺れで、
1度揺れたら、
それでおしまい
というものばかり。
なのに、
あんなに大きく揺れて、
建物を倒してしまうような地震が、
起こるなんて、
思ってもいなかった。
多くのモノが
倒れて、崩れてしまったけれど、
電気は約 1 週間、
電話は約 2 週間、
ガス・水道は約 3か月で復旧し、
鉄道や道路も 3 か月~ 1 年半で復旧したらしい。
これを早いと思うのか、
それだけの期間、
不便な時期があると思うのか。
私自身、
台風の影響での停電を、
4日間経験したことがあるけれど、
4日でも、
すごく不便だった。
それでも、
秋で、
昼間の時間が、まだ長かったし、
暑くも寒くもなかったから、
まだ良かった。
地震が起きた1月の寒い時期、
電気が1週間も使えなかったなら、
とても大変だっただろう。
避難場所なども、
体育館などが多かっただろうし、
床からの冷えも大変だっただろう。
あれから30年。
昨年、復興事業は完了したそうですが、
それでも、
あの地震があったことは消えるわけではない。
そして、
今は、
南海トラフ地震が、
いつ起こってもおかしくないと言われているし、
毎日のように、
日本中のあちこちで、
地震が起こっている。
起こっては欲しくないけど、
本当に、
大地震なんて、
経験しないままでいたいけど、
もしもの時のために、
いろいろなモノを、
少しずつ揃えている。
使わないままで過ぎることを、
今も、
これからも願ってます。