ぼっちおばちゃん あきさんの日記

ぼっちだけど楽しく生きてます。 いろいろあるから面白い。  読書・ゲーム・お金 楽しもう人生。

友達いないけど だから自由なのかもしれない 

もう、
言い飽きたって感じの、
「今日も暑い」だけど、
40℃を超える地域があったり、
水不足で、
水田が干上がって、
稲が枯れてしまったり、
まだ8月1周目だって言うのに、
この先、
どうなってしまうんだろう。

水田が干上がっている、
ってニュースを見て、
気になって、
会社に行く途中にある、
田んぼを見たら、
お水がしっかりあった。
稲も、
鮮やかな緑で、
遠目には、
草原の様な景色が広がってた。

私の地元は、
いわゆる田舎で、
家の周りは、
子どもの頃から、
あちこちに田んぼがあって、
初夏になれば、
田んぼ脇の用水路の水かさが増してきて、
そうこうしているうちに、
田植えが始まって、
夏には、
どんどん背が高くなっていく、
緑の稲が揺れてて、
夏休みが終わると、
少しずつ、
黄色くなり始めて、
そして、
頭を垂れる頃には、
稲刈りが始まる。

そんな、
田んぼの変化する様子が、
私にとっての、
『四季』なんだなあ。

大学生になった頃、
都市部で生まれ育った子たちと、
同級生になって、
私が当たり前だと思っていた、
『四季』の風景を、
まったく知らない人もいるんだと、
初めて知った。

今思うと、
私にとっての、
当たり前とか、
常識とか、
そういうモノって、
他人にとっては、
けっして、
当たり前でも常識でも無いんだって。

人それぞれ、
生まれた場所も、
育ってきた環境も、
そして、
経験してきたことが、
全然違うんだって、
初めて知った出来事だったのかもしれないな。

経験したことが違えば、
考え方や、
モノゴトに対して思う事とかも、
違って当たり前なんだよね。

もちろん、
ルールとかマナーとかはあるし、
それは、
尊重して、
守らないといけないけど、
それを守ってれば、
他人と違ったって、
別に良いんだ。

逆に、
相手が、
自分と違っても、
理解することが出来なくても、
気にすることは無い。

だって、
違う個体なんだから、
分からなくても、
分かってもらえなくても、
気に病むことは無い。

よくわかんないな、
でも、
そういう人もいるんだな。

分かってもらえなかったな。
だったら、
仕方ないか。

そんな風に、
浅めの人間関係でも、
お互いのことを、
尊重して、
尊敬できていれば、
上手くいく気がする。

学生の頃は、
『ともだち100にんできるかな』
なんて、
ともだちがたくさんいることが、
正義だし、
目指すものだったと思ってたから、
人との関わり方に問題がある自分の事を、
人間的にダメなんだと思っていた。

結果的に、
人からが嫌われてきたし、
ともだちもできなかったから、
ひとりぼっちだけど、
だから、
時々、
寂しい時もあるけれど、
でも、
それでも楽しく生きている。

だったら良いか。

人間関係が希薄だからこそ、
自由度が高かったりするからね。

要するに、
他人に気兼ねせず、
好きなように行動できる、
そういう面もあったりする。

自由って、
寂しいものなのかもしれない、
そんな風に、
最近は思うんだよね。

何を優先するのか、
それだって、
人それぞれ。

自分にとって、
心地良い方を、
選べば良いんだと、
今は思ってるから、
以前より、
ともだちがいない事、
気にならなくなったかも。