ぼっちおばちゃん あきさんの日記

ぼっちだけど楽しく生きてます。 いろいろあるから面白い。  読書・ゲーム・お金 楽しもう人生。

父に1年以上会いに行ってなかったことに、いまさら気づいた

昨日、
父が亡くなって、
今日は、
納棺でした。

葬儀は、
家族だけで行なったので、
父を棺に入れてもらって、
手を合わせて、
明日、
火葬場に行く時間を確認して、
終わりました。

コロナウイルスの頃、
感染対策の意味もあってか、
家族だけで葬儀を行なうというのが、
増えたようなイメージがあるけれど、
最近はどうなんでしょうか。

CMなんかでも、
家族だけで葬儀を行なうことを、
売りにした、
規模の小さい葬儀場を見かけるけれど、
実際のところは、
どうなんでしょうか。

私が子どもの頃は、
近所同士で、
葬儀に参列したりなんてことも合ったような気がするけれど、
最近は、
近所の方の葬儀の情報などは、
あまり聞かない気がするんです。

我が家の場合は、
父が、
仕事を辞めて、
20年以上経っていたし、
友達付き合いというのも、
あまりしていなかったこともあって、
家族以外の方に知らせることも無かったようです。

父の実家も、
亡くなった方が多くて、
葬儀には、
母の兄夫婦と娘さんだけが、
参列してくれました。

人数が少ないので、
お通夜での食事会も省いて、
かなり短い時間で、
お通夜と葬儀が終わりました。

どこかで聞いたような気がするんですが、
お通夜や葬儀と言うのは、
亡くなった方の為というより、
残された人たちが、
亡くなった人との関係を振り返ったり、
これから、
その人がいない状態で過ごしていくための、
心の準備をするためのモノの様です。

我が家の場合は、
父は介護施設でお世話になっていて、
母は、
足が悪くなってから、
会いに行けてなかったし、
私も、
1年近く会いに行けてなかった。

こんなことを聞いたら、
薄情だと思われるだろうけど、
まだまだ元気だと思っていたから、
こんな状態になってしまっていたんだと思う。

近くで暮らしていたのに、
会いに行こうと思えば、
行けたのに、
どうして後回しにしてしまってたのだろう。

施設だという事で、
会うために、
事前に面会の予約を入れなければいけないという、
手間が合った事も、
多少は理由だったのかもしれないのだけど、
それだって、
予約さえ入れれば、
会えたわけだから、
合わなかったのは、
父との時間よりも、
他の時間を優先したってだけなんだと思う。

親が施設にいる場合、
皆は、
どのくらいのペースで会いに行ってるんだろうなあ。

もちろん、
会いに行くペースが、
愛情の量ではない、
とは思う。

子どもにだって、
生活があるし、
様々な状況もあるのだから。

ただ、
確認してみたら、
今年に入って、
1度も会いに行ってなかったとは、
思ってなかった。

最後に会った時の事が、
鮮明に覚えていたからなのか、
つい最近会いに行ったような気になっていたんだよなあ。

人と言うのは、
自分に都合の良いように、
記憶を改ざんしてしまうモノなのだろうか。

去年は、
年末までに、
1度顔を見に行こうと、
会いに行ったのが最後だったんだけど、
今年は、
なんだかんだと、
自分のしたいことで、
週末を使ってしまってて、
気が付けば、
今年も終わろうとしていた。

おそらく、
年が明けたら、
そろそろ顔を見に行こうかな、
と思っていたんだと思う。

ああ、
どうして、
今年中に会いに行こうって、
思えなかったのかなあ。

親孝行、
したい時には親は無し。

そんな言葉があるけれど、
本当にそうなんだと思う。

もっともっと、
いろいろ話しておけば良かったなあ。

今回のことで、
さらに、
自分のしたいことを、
後回しにしてはいけないと、
思い知りました。