阪神淡路大震災から、
31年が経ちました。
当時、
私は大学生だった。
地震が起きた朝、
私は、
電車の中で、
眠ってしまっていた。
電車が長い時間、
動かなかったからなのか、
周りの人が、
様子がおかしいことに気づいて、
ざわざわしだした雰囲気のせいなのか、
目が覚めた。
その後、
車内放送で、
電車がこの先、進めなくなっていることが知らされるのだけれど、
その時、
あれほどの大きな地震が起こっていることは、
まだ分かっていなかったと思う。
とにかく、
名古屋以西で、
電車が止まってしまっているらしい、
その情報だけで、
電車を降りた。
JRは動いていないけれど、
近鉄電車は動いているらしい。
そんなアナウンスがされていて、
私も、
近鉄電車を使って、
なんとか家に帰り着くことが出来た。
家に帰り着いて、
テレビで放送されている、
神戸の様子を見て、
その被害の大きさに、
本当にびっくりした。
ただ、
私の地元では、
揺れはしたらしいのだけど、
家屋などの被害は無かったので、
正直、
遠い場所での出来事のような感覚でした。
そして、
それから時が経ち、
東日本大震災が起きた時は、
遠く離れていたおかげで、
揺れを感じることも無かった。
あの時と同じように、
テレビで放送される、
津波の映像に、
驚くと言うより、
怖さを感じた。
阪神淡路大震災では、
建物が倒れ、潰れるという恐怖を感じたのだが、
東日本大震災では、
揺れではなく、
津波が押し流していくという恐怖で、
同じ大地震でも、
まったく違うものに感じた。
その後、
元旦に能登で地震が起こった際は、
大規模な火災が起きた。
年月が経つと、
災害に対する気持ちが風化すると言われるけれど、
私のように、
さいわい、
被害を受けずに済んでいる人間は、
どうしても、
他人事、
遠い場所の出来事、
という気持ちになってしまう。
災害や事故というのは、
いつ、
自分の出来事になってもおかしくない。
でも、
なかなか、
しっかり備えることを後回しにしてしまう。
いけない、
備えあれば患いなし、
転ばぬ先の杖、
備えが無駄になるに越したことは無い。
しっかり備えて、
そして、
悔いのないように、
毎日、
楽しく過ごそう。