ぼっちおばちゃん あきさんの日記

ぼっちだけど楽しく生きてます。 いろいろあるから面白い。  読書・ゲーム・お金 楽しもう人生。

言葉選びを間違うと、もめごとが起きるぞ

もう少し、
違う言い方してくれれば良いのになあ。

そう思う事が、
時々ある。

話の内容について、
納得出来るものだったとしても、
言い方が、
どうにも納得できないってことが、
あるんですよね。

とくに、
私は、
言うより、言われることの方が多いので、
余計に、
言い方によって、
素直に聞けるか、
逆に、気持ちが沈んでしまうか、
変わるなあと思う。

今日も、
そう思う出来事がありました。

社長のお客さんから、
「提案頂いた内容を理解しました。
 振込先をお知らせください」
というメールが届いていました。

そのメールが届いた時、
社長は現場にいて、
その時、
すぐに確認すれば良かった。
それを怠ったのは、
私のミスだと思います。
それは認めます。

しかし、
夕方、
社長が戻って、
メールを読んだ時に言ったのは、
「振込先知らせてあるよね」
だった。

いや、
このお客さんは、
社長のお客さんで、
提案についても、
『理解した』と相手は言ってるけれど、
誤解や行き違いが無いかの確認は、
社長出ないと出来ない。

だから、
「確認していないので、知らせていません」
と答えました。

すると、
「なんで知らせてないの?
 なんでかさっぱり分からない。」
と、
その後も、
『なんで』を連発。

さらに、
夕礼で、
「あきさんが、
 なぜか振込先を相手に知らせなかったせいで、
 仕事が遅くなりました。」
と、報告までされました。


もちろん、
連絡があって、
すぐに対応しなかったのは、
私のミスです。
その部分は、
自分でも反省しているし、
謝罪しました。

ただ、
こういう言い方でなければいけないのだろうか。

「メールが届いた時、すぐに確認しろ。」
「お客さんの問い合わせには、早く対応しろ」
と言って欲しかった。

なんで
なんで
なんで

この連呼が、
私には、叱るではなく怒っている様にしか、
聞こえなかった。

人間だから、
感情的になってしまうこともあるだろう。

でも、
職場で、
仕事上の関係である相手に対して、
上司が、
注意や叱責ではなく、
怒りをぶつけてくる。

腹が立つもんだから、
言葉のセレクトが、
嫌味っぽいモノばかり。

これは、
部下の立場になると、
反省する気も萎えるほど、
がっかりな対応なんです。

でも、
『人の振り見て我が振り直せ』
ですから。

私だって、
こういう言い方や態度を、
相手にしているんだ。

その度に、
相手を嫌な気持ちにさせているんだ。

そう思ったら、
自分こそ、
最低だなと思い始めて、
目の前の社長の言動に、
いちいち反応しているのが、
時間の無駄に思えて来た。

そうだ、
そうだ、
社長、
あなたは、
私の『反面教師』。

おお~、
そういう意味で、
私を導いてくれているとは。

そう思ったら、
嫌味な言葉さえ、
ありがたくなってきた。

本当に、
ことばの選び方って大切。
その場に合った、
すてきな言葉を選ぶことが出来れば、
人間関係は平和なものになるのだ。

人付き合いが下手な私だから、
別に、
仲良くなれなくても仕方ない。

せめて、
もめごとは起こしたくない。

波立たせず、
静かに、通り過ぎたいのだ。

その為に、
言葉選びを、
間違えないように気をつけよう。

そう、
強く誓った。

求人募集をしているけれど

先月 パートさんが辞めてしまって、
さらに人員が減った我が社。

それとは関係なく、
去年の年末から、
人員補充をしようと、
ハローワークへの求人募集をかけていました。

とは言え、
求人とか採用とかについて、
まったく知識も経験も無いもんだから、
求人票を1枚作成するのにも四苦八苦。

会社の情報から始まって、
募集する職種、
その職種の業務内容、
給与や手当、
保険などの福利厚生、
勤務時間や休日、
などなど、
記載しないといけない項目が、
けっこう多いんですよね。

まあ、
そりゃあそうですよね。
会社に就職する方からすれば、
ありとあらゆる事を知った上でじゃないと、
応募なんて出来ないよね。

で、
四苦八苦しながら、
なんとか求人票を出したにも関わらず、
なかなか応募者が現れない。

現れないうちに、
あろうことか、
パートさんが辞めてしまうと言う、
緊急事態が発生。

人員補充するつもりが、
さらに減ってしまうなんて。

そりゃあ、
社長が、
「あなたのやり方が悪いからだ」
と、
文句を大きな声で言いたくなるわけです。

パートさんが辞めてからも、
「パートさんが辞めたのは痛手だ」
「忙しいなら、パートさんに帰ってきてもらって頼め」
など、
なんだかんだと嫌味を言われ続けております。

パートさんが、
どういう理由で辞めたのか、
私は聞いていないので、
私のせいだと責められると、
言い返すことも出来ない。

まあ、
言い返したところで、
私の話を聞いてくれるわけでも無いから、
言い返す気は無いんですけどね。

で、
今月になって、
ようやく応募者が現れました。
待ちに待った応募者に、
社長も大喜び。

社長曰く、
「顔を見ただけで、適性があるか分かる」
そうなんですが、
その社長が、
届いた履歴書の写真を見た途端、
「この人はダメだ」
と一言。

で、
私も履歴書を見せてもらったんだけど、
軽作業~機械工作という募集内容に対して、
『現場作業の経験はありません』の文字。
もちろん、
未経験者でも、
経験を積むことで、
業務をこなせるようになるわけで、
未経験者は絶対ダメという訳ではない。

ないけれど、
なんせ、
我が社は、
社員数が3人と言う、
極小企業。

未経験者を育てる余裕が、
正直無いんです。
即戦力を持つ人に、
一刻も早く、
手助けしてもらいたい。

さらに、
心配な要素が、
応募者の職歴。

現在、46歳なんですが、
7~8回の転職経験があるみたい。
勤務期間も、
どれも、数年間と短め。

今どきは、
転職経験があること自体は、
けっしてマイナスではないとは思う。
思うけれど、
転職の理由によっては、
マイナスの印象を与えてしまうよね。

『入社後、聞いていた業務内容と違っていた』
「業務悪化の為』
『他の会社への入社が決まったから』
など、
そこそこ突っ込みどころの有る理由が並ぶ。

私は、
顔を見ただけで、
その人の人となりや適性を見抜くなんて芸当は出来ないけど、
それでも、
この履歴書たちを読ませてもらって、
ちょっと私の会社で働くのは、
難しいかなって思いましたね。

正直、
うちの会社は、
重たいものを運んだり、
ねじを回したり、配線したり、
そういう仕事の繰り返し。

面白いとか楽しいとかを感じる前に、
疲れ果ててしまうんでは無いだろうか。

なぜか、
そんな気しかしなかった。

その事を社長に伝えたら、
『そう。
 僕も断ろうと思ってた』
だそうです。

ああ、
ようやく応募者が現れたのに、
残念な結果になりました。

それにしても、
製造業って、
仕事の成り手が少ないんだって。

そうだよね。
きつい仕事ってイメージあるもんな。

さて、
次の応募者は、
いつ現れるかしら。

早く現れてくれないと、
また、嫌味を言われちゃいそうだな。

抜糸しました

先週 切開した眉間の抜糸に行ってきました。
切開して、縫う時は、
けっこう時間が掛かったけれど、
その糸を切り取るのは一瞬。

目をつぶっていたので、
どうやっていたのかは分からないけれど、
感覚としては、
仮縫いの糸を、
ぱっちんぱっちんと切り取ってる感じ。

顔だから、
その音がちゃんと聞こえたよ。

抜糸はしたけど、
まだ切開した跡は、
切り傷みたいな感じで、
しっかり分かる。

顔に切り傷ありって、
漫画のキャラクターとかだと、
こわもて担当だよね。

理由を知らない人が見たら、
顔に切り傷って、
何事って思われちゃうかな。

それとも、
おっちょこちょいで、
顔面ぶつけて、出血したと思うかしら。

今日は、
抜糸のみで、
前回除去した皮膚の深い部分のほくろの
病理検査の結果は出ていないみたい。

次回は、
今月末に検診を受けるので、
その時に、
結果を教えてもらえるみたい。

癌と言えば、
来月は、
乳がん検診を受けに行かないと。

以前、
胸にしこりが出来たことがあって、
その時は、
良性だったけど、
それでも、
一度出来たということは、
そういう可能性がある身体だと、
それ以来、
毎年検診を受けてます。

あと、
子宮頸がんの検診も毎年受けているんだけど、
数年前に、子宮筋腫も見つかって、
それ以来、子宮の超音波検査も受けてます。
それは5月か6月くらいかな。

あと、
その頃に、
健康診断も受けに行かないと。
今年は、
脳ドックも受けたいなって思ってるんだよ。

なんか、
病院に行く予定ばっかりだけど、
そのおかげで、
安心できるのなら、
なんてないよね。

健康だから、
思い切り動き回れるからね。
もし、
病気になったとしても、
出来るだけ早く見つけられれば、
治療できる可能性もあるからね。

そして、
来週は、ドライブ旅行。
車の事故をして、
かなり運転にびくびくしてるけど、
それを良い方向に考えて、
より注意して、
安全運転で行ってこようと思います。

母が介護施設に入所しました

1月末で、
母が病院を退院して、
今月から、介護施設に入所しました。

本人は、
もちろん、お家に帰ることを希望しているし、
帰れると思っています。
ただ、
病院でのリハビリでも、
まだ歩ける状態まで回復していないので、
今の状況で、
家に帰ることは、
現実的に難しい。

我が家は、
築50年以上の古い家で、
バリアフリーとは真逆の構造。
せめて、
自力で歩ければ、
段差にスロープを付けたり、
1階のみで生活して、
階段を使わないようにすることも出来るとは思うけど、
自力で歩けない状況では、
今の家に戻すことは、
とっても危険。

しかも、
長い入院生活のせいか、
少し痴呆の症状も出ているので、
昼間に1人きりにすることも、
かなり不安。

なんて母の為のように言ってるけど、
実際は、
働いている私では、
母の介護をすることが出来ないというのが、
1番の理由です。

子育てや介護って、
1親等の家族が行うものってイメージがあるけど、
三者のサービスを利用しても良いんじゃないかって、
私個人は思っている。

親になるのも子になるのも、
初めての経験な訳で、
どんなに勉強したり、
調べたとしても、
何もかも完璧には出来ない。

しかも、
時間も体力も無限ではないから、
どんどん疲労が溜まって、
そのうち、
こちらが倒れてしまったり、
相手に対して、負の感情を持つようになってしまう気がする。

私の様に、
病院や介護施設の力を借りることで、
めいいっぱい、
仕事をすることが出来て、
治療や介護の費用を捻出することも出来るし、
自分自身の生活もすることが出来ています。

人によっては、
家族の事なのに、
薄情だと言われてしまうかもしれないけど、
不器用で、手際も良くは無い私が、
家で、
足の不自由な両親の介護をしながら、
働き続けたら、
あっという間に、
私は働きに行く気力が無くなって、
経済的に厳しくなるだろう。
そして、生活が破綻すると思います。

他人からどう思われるかよりも、
自分と家族が、
きちんと生活が出来るかの方が、
大事な事なんだ。

最近は、
義務教育期間の子どもさんが、
病気や身体が不自由な親御さんの
世話をするという、
『ヤングケアラー』という状態もあるそうです。

どれだけ大変で、
どれだけ心細いだろうと、
本当に心が痛みます。

支援している団体もあるみたいで、
寄付という形で、
私も応援することが出来るようです。

寄付や支援ということも、
この年齢になって、
ようやく少しですが、考えることが出来るようになりました。

世の中には、
どうしようもないことも多いし、
すべてを解決することは出来ないけれど、
少しでも、
毎日が楽しいものになれば良いですよね。

さて、
自分の為にも、
そして、
どこかでつらい思いをしている人たちの為にも、
頑張って稼がねばなりませんね。

節分 南南東を向いて黙って寿司を食う

今日は節分ですね。
数年前から、
今年の吉方位はどこかということが、
あちこちでお知らせしてくれるようになって、
恵方巻も、
スーパーからコンビニまで、
どこに行っても買えるようになりました。

私は、
子どものころから、
家では豆まきはせずに、
年の数だけ豆を食べるという儀式のみを
行っていました。

おそらく、
豆まきをした後の後片付けが大変だという
母の事情だったんだと思うけれど、
大人になってみると、
たしかに、
家じゅうで豆まきをした後、
片づけをするのは、
寒い季節では、面倒極まりないですよね。

今日は、
先日辞めたパートさんの雇用保険の喪失手続きの為に、
ハローワークに出かけた帰りに、
コンビニに寄り道したときに、
ミニサイズの恵方巻を見つけて、
買ってきました。

仕事から帰って、
今年の吉方位の南南東を、
スマホのコンパスで指し示しながら、
そちらに向かって、
もぐもぐと食べました。

おいしいものを食べて、
それで福が来るなんて、
なんて素敵な習わしなんでしょう。

お寿司と言えば、
世間では、
なんだか大騒ぎになっていますよね。

ネット上での交流サイトで、
面白おかしく騒いで、
あわよくば、注目も浴びたかった。
きっかけは、
そんな事だったのだろうか。

私は、
人付き合いに、
あまり興味が無いせいか、
TwitterTikTokなどの
SNSでの発言や表現を、
目にする機会も少ないけれど、
それでも、
回転ずしやさんでの、
質の悪い犯罪の投稿が問題になっているのは、
知っていました。

こういうことも、
ジェネレーションギャップだと言われてしまうのかも
しれないけれど、
この類の投稿って、
見た人は、どういう気持ちで受け止めるんだろう。

私は、
ただ不愉快な気持ちしか湧かないし、
それどころか、
そういう人たちが、
恐ろしくて、
出来れば関わり合いになりたくない人たちだと思う。

理由もなく、
無差別に、
相手を傷つけて、
そのことを楽しめる、
これって、
『サディスト』だからなんでしょうか。

それとも、
注目を浴びたいとか、
いいねや視聴回数などの評価数を得るための
手段として、
他人を傷つけることが平気で出来てしまう
サイコパス』なんだろうか。

どちらにせよ、
被害にあった方にしたら、
たまったもんではない。

そういえば、
子どものころ、
『どっきり』という番組が大嫌いだった。
対象となっていた芸能人が、
事前に内容を知らされたうえでの
やらせだったのかもしれないけれど、
それはさておき、
人が、びっくりしたり、おびえたり、困ったり、
そういう状況を、わざわざ作って、
それを離れたところから、眺めて笑うという趣旨が、
とにかく嫌いだった。

人気があるのか、
しょっちゅう放送されていたけれど、
何が楽しいのか、
私には結局分からなかった。

今の、
『いたずら』という名のもとに、
あちこちで、
他人を困らせるようなことをして
笑っている動画を見て、
あの頃の番組を思い出した。

犯罪かどうかの線引きはあるけれど、
私は、
他人を馬鹿にして、笑うのは、
好みではないようだ。

死ぬ日を迎えるまでにしたいこと

社長は、
自治会の会長をしているそうなんですが、
同じ自治会のお家のご家族が、
昨日亡くなったそうです。

自治会にもよるんだろうけど、
社長の自治会では、
自治会から、ご香典を出すそうです。

そのお宅では、
家族葬で、
身内だけでの葬儀だそうで、
後日、お渡しするそうです。

最近、
家族葬を行なえる葬儀場のコマーシャルを、
テレビで見ることも多いし、
街でも、
家族葬』を行なえる葬儀場も、
増えたような気がする。

コロナウイルスの感染拡大での、
自粛の時期は、
冠婚葬祭の式典自体も、
なかなか執り行う事が難しかったらしいですよね。

その時期に、
家族葬という形が、
一気に知名度を上げたよなあ。

昔は、
お家で葬儀を行なうこともあったり、
それが難しい時は、
自治会館で葬儀を行なう事なんかもあって、
ご近所同士での、
親戚並みの交流がありましたよね。

今は、
自治会に入らないというお家もあるらしいし、
家が近いと言う理由だけでは、
あいさつ程度の付き合いで、
ほとんど交流が無い方が多くなっているのかもしれません。

私自身も、
ご近所の方で、
挨拶以上のお付き合いをしている人、
いないもんなあ。

まあ、
私の場合は、
人付き合いが苦手なので、
参考にはならないかな。

友達も少ないし、
私自身は、
自分の葬儀は行わないつもりです。

ただ、
死んだ後には、
いろんな手続きがあるらしくて、
それは、
誰かにお願いしないといけないなとは思ってます。

どんなに準備したとしても、
死んだ後は、
何も出来ないからなあ。

年齢が上がるにつれて、
死ぬと言う事が、
はるか先の出来事から、
どんどん自分の目の前に近づいてくる気が
してきた。

希望としては、
平均寿命くらいまで、
生きられたら良いなとは思うけど、
それも、
事故や病気が、
いつ自分の命を奪いに来るか、
分からないから、
少しずつ、準備はしておかないといけない
とは思ってます。

その準備の一環が、
身の回りの所有物を減らすことでもある。

どんなにたくさんのモノを持っていても、
死んでしまえば、
使う事も出来なくなる。

金銭的に価値のあるものなら、
残しても喜ばれるかもしれないけど、
世の中に大量に出回っているような、
市販品だと、
残して死んでしまったら、
それは、
大量のごみに変わってしまう。

残された人に世話を掛けないように、
今のうちに、
必要最低限の持ちものに
減らすのが、
最近の目標。

死ぬことを考えながら
生きて行くのは、
ちょっぴり寂しいし、
怖くもあるけど、
死ぬ日が来るのは、
避けようのない現実だからね。

避けることが出来ないのなら、
せめて、
めいいっぱい楽しんで、
その日を迎えたい。

そんなことを、
ふと思った日でした。

事故の顛末

先週の事故で、
右前側が破壊された我が家の車。

車検をお願いしている車屋さんに
預けていたんですが、
修理するよりも、
中古車に買い替えた方が良いんじゃないかと
言われて、
中古車に買い替えることになりました。

事故を起こした車も、
車検の時に、
あちこち直すより、
買い替えた方が良いと勧められ、
中古で購入した車でした。

我が家が入っている車両保険では、
修理代として、
25万円が支払われるんですが、
修理の見積もりでは、
この金額は越えるとのこと。

修理ではなく、
乗り換えになると、
さらに10万円が支払われるそうで、
今は、
その為の手続きをしているところ。

保険に入っていたので、
負担額は、かなり少なくなりますが、
それでも、
いくらかは、自己負担となります。

ああ、
事故さえ起こさなければ、
必要なかった出費だと思うと、
なんだかがっかりしてしまいますね。

でも、
事故を起こす前から、
あちこち擦り傷が出来ていたので、
車を乗り換えるきっかけになったと思って、
良い風に考えてます。

なにより、
今回、追突事故を起こして、
自分が、
事故を起こす可能性のある人間なんだと
自覚することが出来ました。

実際、
事故を起こしてからは、
追突した時の、
何とも言えない感覚が、
右折や左折、合流をするたびに、
よみがえって来て、
運転が怖いと言う気持ちが、
少しですが、
芽生えました。

慣れた時こそ失敗する
と、
良く言われるけど、
たしかに、その通りだと思いますね。

私も、
それほど運転技術が向上したわけでも無いのに、
運転に対して、
慣れて来ていたので、
緊張感が無くなっていたのかもしれません。

ニュースなどで、
車の事故が放送されるのを見るたびに、
その怖さを感じていたはずなのに、
自分自身に、
それを当てはめることが出来てなかったんだな。

今回、
相手の方が、
少し身体の不調を訴えているようですが、
大きな怪我などが無くて、
本当に良かったと思ってます。

車の運転だけではなく、
どんな方法であれ、
他人を傷つけてしまったら、
もう、元には戻れないと思うんです。

車同士の事故でさえ、
後悔と恐怖を感じているのに、
もしも、
相手が怪我していたら、
きっと、
運転は出来なくなっていただろうなと思います。

それぐらい、
今回の事故は、
私にとって、
影響の大きな出来事でした。

あの時、
どうして、相手の車の存在に気づけなかったのか。
それは、
正直、
今でも、よく分かりません。

『不注意』だった、
その一言だと思うけど、
事故の前後の記憶が、
飛んでしまってるんですよね。

確認したのか、しなかったのか。
見えたのか、見えなかったのか。
そのあたりが、
頭から抜け落ちてしまったるんです。

参考にしていいのか、
ちょっと分からないけれど、