ぼっちおばちゃん あきさんの日記

ぼっちだけど楽しく生きてます。 いろいろあるから面白い。  読書・ゲーム・お金 楽しもう人生。

他人のミスを責め続ける人って

私は
『おたがいさま』という言葉が好きだ。
いや、
最近 好きになった。

私は、
友達もいないし、
人付き合いも、
親戚やご近所を含めて、
ほとんどしてなくて、
そんな私が、
「何が『おたがいさま』だ」
と言われそうだけど、
人付き合いが無いからこそ、
『おたがいさま』だと思う事で、
気持ちが楽になれる。

人って、
意見や考えが違うせいで、
批判したり、争いになったりすることがある。

でも、
よく考えたら、
頭の数だけ、違う事を考えてるわけだから、
それで、争いごとになるなんて、
考えたら、バカみたいな話だよね。

ただ、
世の中には、
自分と違うものを認めない
という人もいるみたいで、
そういう人と出会うと、
何かと責められることが多い。

特に、
失敗やトラブルの時って、
責任と叱責で、容赦なく攻撃してくる。

「どうして〇〇したの?」
「なぜ 〇〇出来ないの?」
そんなこと言われても、
わざと失敗するような物好きでもない限り、
失敗した理由なんて、
たいがいは、
見落としとか、勘違いであることがほとんどだと思う。

それを
「なぜ?」「どうして?」「理解出来ない」
なんて感じで、
畳みかけられても、
返す言葉も無く、
ただ、
謝罪の言葉を繰り返す事しか出来ない。

それでも、
そこで許してくれる人なら、まだ良い。

「謝れば済む話じゃない」
とか
「謝るだけじゃなく、原因を言え。
 二度としないと約束しろ」
なんて感じに、
うっかりミスなんて認めないって人だと、
もうお手上げ。

ただ、
そんな風に、容赦なく責め立てる人って、
自分はミスをしないんだろうか。

こういう時、
私は『おたがいさま』って思えるようになった。
もちろん、
失敗やトラブルのせいで、
迷惑を掛けられることだったある。
でも、
大概の人は、
したくてしているわけではない。
もちろん、不注意だとか準備不足とか、
防げたのかもしれない。
でも、
起こってしまった事を、あれこれ言ったって仕方ない。

過去は変わらない。
変えられるのは未来だけ。
原因を追究して、再発を防ぐことは大切だけど、
起こした人自身を責めることは、
再発防止の為の行為とは思えない。

大事なのは、
未来を、もっと幸せにすることだ。

そんなことを思ったのも、
昨日、
職場で、
「なぜ こんな事になったの?
「どうして、ちゃんとしていないの?」
って感じで、
うっかりミスを責め立てられたから。

なぜ、どうして、
と言われたって、
「うっかり忘れてただけだから、
理由を聞かれたって、
それ以上の理由なんか無いんだよ。」
なんてことは、
もちろん心の中だけ。

返す言葉が無く、黙る私に、
「すいません、すいませんって言ったって、
 (対策)する気ないんでしょ」
って、
3回も言ってきた。


私には、
あなたの、その攻め方の方が、
「なぜ?」「どうして?」です。

もしも、
あなたが、私の前で失敗したら、
どうしてやろうかね。

いえいえ、
何も言いません。

人を責めたって、
何も解決しないから。
そんなことしても、時間の無駄です。
ふふふ。